高齢者の不眠|夜中に何度も目が覚める原因と対処法

高齢者の不眠|夜中に何度も目が覚める原因と対処法

正直に申し上げますと、私はこのテーマを、たった一行で理解したつもりになっていました。

「年をとるとメラトニンが減る。だから高齢者は眠れなくなる」。

母が「夜中に三回も目が覚めるのよ」と言ったとき、私が返したのもその一行でした。そして、良かれと思ってこう続けたのです。「朝に三十分は日光を浴びるといいらしいよ」と。

厚生労働省の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』を最初から読んでみて、私はその両方を撤回することになりました。メラトニンの話は間違いではないのですが、原因の全部でもないのです。 そして「朝の三十分」に至っては、指針のどこにも書かれていない数字でした。それどころか、母のように夕方から眠くなって早朝に目が覚めるタイプの方には、朝の光がかえって逆に働くことがあると、ガイド自身が注意書きを添えていました。

この記事では、高齢者の不眠、とくに「夜中に何度も目が覚める浅い眠り」について、何が起きているのかから始めます。先に疑うべきもの、厚労省のガイドが実際に勧めている三つのこと、光と昼寝の正しい目安、そして生活の工夫だけでは足りないときの選択肢までを、一次資料に沿って順に整理していきます。

Photo: Atlantic Ambience / Pexels

はじめにお伝えしておきます。これは診断でも治療の指示でもなく、公的資料の整理です。症状が続くとき、薬を飲んでいるときは、自己判断せずかかりつけ医にご相談ください。


「メラトニンが減るから不眠」は、どこまで正しいのか

結論から申し上げます。部分的には正しいのですが、単一の原因として断定するのは正確ではありません。

加齢によってメラトニンの分泌が低下すること自体は、多くの研究で確認されています。深部体温リズムの位相が前にずれ、振幅が小さくなること、メラトニンやコルチゾールの分泌の振幅が下がることは、日本老年医学会雑誌の総説「高齢者の不眠」でも加齢変化として挙げられています。

ただ、ここからが私の知らなかったところです。

厚生労働省の睡眠ガイド2023は、高齢者の不眠をメラトニンで説明していません。 ガイドの高齢者版の本文に、メラトニンという言葉は出てきません。代わりに書かれているのは、こういう説明です。

「高齢世代では、加齢に伴い生理的に必要な睡眠時間が減少するとともに、睡眠・覚醒リズムを司る体内時計の加齢性変化の影響から昼夜のメリハリが低下します」

つまり、ホルモンが一つ減ったという話ではなく、体内時計そのものの変化と、そこから来る「昼と夜の差」の目減りとして整理されているわけです。

もう一つ、大事な研究があります。三島和夫先生らが2001年に J Clin Endocrinol Metab に報告した論文は、高齢者のメラトニン分泌低下の要因として、日中に浴びている環境照度の不足を示しました。

ここが効いてきます。

「年をとったからメラトニンが枯れた、だからどうにもならない」ではないのです。 少なくとも一部は、日中どれだけ光を浴びて過ごしているかという、生活の側の話でもある。「年のせい」で片づけると、変えられる部分まで一緒に諦めてしまうことになります。

なお、「減った分を補えばいい」という発想にも根拠は揃っていません。高齢者の不眠に対するメラトニンやラメルテオンのシステマティックレビュー・メタ解析では、効果は限定的で結果も一致していません。サプリの話については、日本ではそもそも前提が違うのですが、それは後ろでまとめてお伝えします。


加齢で眠りはどう変わるのか

まず、頻度の話から。厚労省のe-ヘルスネットによれば、日本の成人の30〜40%が何らかの不眠症状を持ち、慢性不眠症は成人の約10%。そして、

「加齢とともに不眠症状は増加し、60歳以上では半数以上の方で認められます」

半数以上、です。「うちの親だけがおかしいのだろうか」と思っていた方には、まずこの一行だけでも意味があるかもしれません。

老年医学会雑誌の総説が挙げている、加齢に伴う睡眠の変化は次のとおりです。

  • 総睡眠時間の減少
  • 睡眠位相の前進(眠くなる時刻・目覚める時刻が早まる)
  • 徐波睡眠(深い眠り)の減少
  • REM睡眠の減少
  • 睡眠覚醒閾値の低下(=物音などで起きやすい)
  • 覚醒を伴う睡眠の分断化
  • 昼寝(午睡)の増加

「夜中に何度も目が覚める」は、この分断化と閾値の低下にそのまま対応しています。眠りが浅くなり、途中で目が覚めやすくなるのは、加齢に伴って実際に起きることなのです。

そして厄介なのは、ここから始まる悪循環のほうです。睡眠ガイド2023は、こう書いています。

「長寝をしても、実際に身体が眠れる時間が増えるわけではなく、むしろ入眠に時間がかかり(入眠困難)、途中で目が覚めやすくなり(中途覚醒)、睡眠の効率が低下します」
「睡眠効率の低下により生じる睡眠休養感の低下から、休養を増やす必要性を感じて長寝を助長する悪循環に陥りがちです」

眠れないから早く寝床に入る。長く寝床にいる。けれど眠れる時間は増えないので、寝床にいるのに眠っていない時間だけが伸びていく。休んだ感じがしないから、また長く寝床にいる。

「たくさん寝床にいること」と「よく眠れること」は、別のことだったわけです。私はここも取り違えていました。

なお同じ総説は、高齢者の不眠を「加齢による恒常性維持機構・生体リズム機構の機能低下に、社会同調因子・光同調因子の減弱と身体・精神疾患、心理社会的ストレス、薬剤性の要因が加わって生じる」と整理しています。要因は、一つではありません。

加齢に伴う睡眠の変化7項目と、長寝が招く悪循環(睡眠効率の低下→睡眠休養感の低下→さらに長寝)を示した図


⚠ その不眠、「年のせい」で終わらせる前に

ここが、生活の工夫よりも前に来る話です。睡眠ガイド2023の高齢者版には、はっきりこう書かれています。

「特に50歳代より徐々に不眠症、閉塞性睡眠時無呼吸、むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害などの睡眠障害が出現しやすくなります」

日本老年医学会のガイドラインは、もっと端的です。「不眠の対応の第一は、不眠の原因を検索し該当するものがあればそれに対応すること」。

先に疑っておきたいものを、まとめておきます。

疑うもの 見分けのヒント
閉塞性睡眠時無呼吸(OSA) いびき、家族が目撃する呼吸停止、朝の頭痛、日中の強い眠気。気道閉塞→覚醒反応の反復で深い睡眠が減り、中途覚醒型の不眠症と誤認されることがある。最大の危険因子は肥満だが、下顎が小さい・後退している・首が短い方でも起こる。女性は閉経後に有病率が急増
むずむず脚症候群(RLS)/周期性四肢運動障害 入眠前の安静時に脚がむずむずする、寝入りばなに脚が勝手に動く。RLSは入眠困難型、周期性四肢運動障害は中途覚醒型の不眠と誤認されやすい。カフェイン・アルコール・ニコチンは悪化させます
夜間頻尿 夜間排尿2回以上は60歳代男性で約40%、80歳以上で約80%。原因が多尿・膀胱・睡眠のどれかで治療が変わります。塩分の過剰摂取も夜間頻尿を生じ、中途覚醒を増やしうる
痛み・かゆみ・呼吸器/循環器疾患 呼吸困難を起こす呼吸器疾患、瘙痒の激しい皮膚疾患、泌尿器疾患などは高齢になるほど頻度が増え、不眠の原因になります
うつ・不安 不眠は精神疾患の初期症状もしくは併存症として現れることが多く、併存する場合は不眠だけを扱っても十分に改善しないことが多い
認知症 6〜7割の認知症患者が睡眠の乱れで悩んでいるとされます。体内時計の機能変化がさらに進み、完全に昼夜逆転する方も。夕方から夜の不穏・帰宅願望(夕暮れ症候群)を伴うことがあります
薬剤性 ステロイド製剤、抗パーキンソン病薬をはじめ、β受容体遮断薬、SSRI(抗うつ薬)、利尿薬などが不眠の原因になりえます。ドネペジル(抗認知症薬)は不眠を増加させることにも留意が必要
睡眠・覚醒相前進障害 高齢者に多く、極端な早寝早起きが特徴。夕方から夜の早い時間に眠気が出て、深夜から早朝に目が覚める。早朝覚醒のため、しばしば不眠症と見誤られます

八つ並べましたが、覚えていただきたいのは一つだけです。

「眠りが浅い=老化」で片づけると、治せるものを見落とします。

とくに閉塞性睡眠時無呼吸は、この記事の後半で出てくる話とも直結します。睡眠ガイド2023は、CPAP未治療の閉塞性睡眠時無呼吸では、アルコールやベンゾジアゼピン受容体作動薬系の睡眠薬は基本的に使用しない方がよいと明記しています。「眠れないから一杯」「眠れないから薬」が、いちばん危ういのがこのタイプなのです。

「年のせい」で終わらせる前に確かめたい8項目のチェックリスト(睡眠時無呼吸・むずむず脚・夜間頻尿・痛み/かゆみ・うつ/不安・認知症・薬剤性・睡眠覚醒相前進障害)


厚労省ガイドが高齢者に勧めているのは、たった3つです

意外に感じられるかもしれませんが、『健康づくりのための睡眠ガイド2023』の高齢者版の推奨事項は、三つしかありません。

  1. 床上時間が8時間以上にならないようにする
  2. 生活習慣・寝室環境を見直して睡眠休養感を高める
  3. 長い昼寝を避け、日中は活動的に過ごす

シンプルすぎて拍子抜けするくらいですが、一つずつ見ていくと、思い込みを外す作業になります。

「床上時間」と「睡眠時間」を分けて記録する

ガイドが最初に勧めているのは、記録です。

「まずは自身の睡眠状態を1週間記録してみましょう。ポイントは、床上時間と睡眠時間を区別することです」

床上時間は寝床にいた時間、睡眠時間は実際に眠っていた時間。この二つを分けないと、「八時間寝ているのに疲れが取れない」のか「八時間寝床にいて、眠れているのは五時間」なのかが区別できません。

目安として書かれている数字は、こうです。

  • 床上時間の目安は、1週間の平均睡眠時間+30分程度
  • 床上時間が8時間以上にならないことを目安に
  • 個人差を考慮しつつ、6時間以上を目安として睡眠休養感が得られる時間を見つける
  • 自分で床上時間を短くする際は、6時間を限度に

背景にある数字も、ガイドは示しています。65歳以上では睡眠時間と総死亡率の関連は明確ではないものの、床上時間が約8時間以上の場合に総死亡率が増加するという報告、そして米国の地域住民調査では床上時間が長く(8時間以上)かつ睡眠休養感が欠如している場合に死亡リスクが増加した、という報告です。

⚠ ただし、これは観察研究で見つかった関連であって、因果ではありません。「長く寝ると死ぬ」という読み方はしないでください。ガイドの文脈は、あくまで必要以上に寝床にいる時間を増やさないということです。

眠れないときは、寝床を離れる

ガイドの中で、私がいちばん実行しづらいと感じたのがここでした。

「寝床で考えごとをするのは避けましょう。なかなか眠れないときはいったん寝床を離れ、寝床以外の静かで暗めの安心感が得られる場所で、眠気が訪れるまで安静状態で過ごします。そして、しばらくして眠気が訪れてから寝床に戻りましょう」

眠れないときこそ寝床で頑張るもの、だと思っていました。逆なのです。眠れない状態で寝床にい続けると、寝床が「眠れない場所」として学習されてしまう。だから一度離れて、眠気が来てから戻る。

ただし、ここには必ず添えなければならない一文があります。

⚠ 高齢の方、睡眠薬を服用中の方、身体に障害のある方は、離床した際の転倒に注意してください。 これは日本睡眠学会の適正使用指針が明記している注意点です。足元灯をつける、手すりを使う、あわてて起き上がらない。この方法は「安全に起きられる」ことが前提です。

夜間のトイレについても、睡眠ガイド2023は同じ趣旨のことを書いています。「高齢者は夜間にトイレに行くことも多いため、転倒しないように間接照明や足元灯を活用し、眼に入る光の量を減らす工夫が重要」。強い照明で煌々と照らすのではなく、足元だけ照らす。眠りを妨げず、転ばないための折衷案です。

夜の寝室でナイトテーブルの小さな明かりだけがともる、整えられたベッドまわり

Photo: LayG Traveller / Pexels


⭐ 「朝30分の日光」は、指針の言葉ではありません

ここが、この記事でいちばんお伝えしたかったところです。

私が母に伝えた「朝三十分」という数字は、厚労省の睡眠ガイド2023にも、e-ヘルスネットにも書かれていません。 実際の文言は、こうです。

  • 高齢者版:「高齢世代は日中にできるだけ長く太陽の光を浴びること、習慣的に運動を行うことがお勧めです」
  • 環境づくりの章:「日中にできるだけ日光を浴びると、体内時計が調節されて入眠しやすくなる」
  • 根拠として:「日中に光を多く浴びることで夜間のメラトニン分泌量が増加し…これらの効果は1,000ルクス以上の照度の光を日中に浴びることで得られます」

つまり求められているのは「朝に何分」ではなく、日中にできるだけ長く、そして照度の目安は1,000ルクス以上。時間ではなく、光の量と、日中全体の過ごし方の話なのです。

そして、高齢者にはもう一つ、但し書きがあります。ガイドのQ&Aから、そのまま引きます。

「ただし、加齢に伴い早寝・早起きの傾向が強まるため、高齢者で夕方に眠気が訪れるのが早くて困っている人は、早朝に日光を浴びるとさらに朝型を強める可能性があり注意が必要です」

朝の光には、体内時計を前にずらす(朝型にする)作用があります。夕方から夜の光には、後ろにずらす(夜型にする)作用がある。

ですから、すでに朝型が行きすぎている方——夕方から眠くなり、深夜や早朝に目が覚めてしまう方——に「朝の光を浴びましょう」と勧めるのは、アクセルを踏み間違えているのと同じことになりかねません。

実際、高齢者に多い睡眠・覚醒相前進障害への対応として、ガイドはこう書いています。

「夕から夜に明るい光を浴びる、早朝の光を避けるためにサングラスの着用などが有効な場合があります」

まったく逆なのです。

自分がどちらのタイプかを見分ける、大づかみな目安を置いておきます。

タイプ 状態 光の使い方の方向
夜、なかなか寝つけない 眠くなる時刻が遅い 日中にできるだけ長く光を浴びる(ガイドの一般的な推奨)
夕方から眠くなり、深夜〜早朝に目が覚める 朝型が行きすぎている(睡眠・覚醒相前進) 朝の強い光はかえって朝型を強めうる。夕から夜に明るい光を浴びる方法が有効な場合がある

なお、高照度光療法そのものは、主に概日リズム睡眠・覚醒障害やうつ病の治療に用いられるものです。国立精神・神経医療研究センターの研究部は、慢性不眠障害に対するCBT-Iの効果を光療法の併用で早期発現・増強させる治療法を開発中としており、慢性の不眠に対する単独治療として確立した位置づけではありません。 照度も時間も、紹介される条件が資料によってかなり違います。ここで具体的な数字を断定するのは避けておきます。

自己流でまぶしい光を浴びるより、「自分がどちらのタイプか」を先に見極めるほうが先です。 判断に迷うようなら、それこそ相談する理由になります。

体内時計と光のタイミングを示した図。朝の光はリズムを前に、夕から夜の光は後ろにずらす。日中にできるだけ長く、1,000ルクス以上が目安


昼寝は「15分」ではありません。高齢者の数字は別です

「昼寝は15分以内」。これも、私が信じていた数字です。出典もあります。e-ヘルスネットの「快眠と生活習慣」に、確かに「15分程度の長さで十分です」と書かれています。

ただ、同じ記事の中に、高齢者向けの別の記述があるのです。

「高齢者では30分程度の昼寝を上手に利用することで、夕方のうたた寝が減少し、夜によく眠れるようになることもあります」

15分は一般成人向け、高齢者は30分程度。ここを取り違えると、「昼寝を我慢しすぎて夕方にうたた寝してしまい、夜眠れない」という、いちばん避けたい形になりかねません。

一方で、長すぎる昼寝には別のデータがあります。睡眠ガイド2023は、

  • 「30分以上の昼寝を習慣としている人は、昼寝習慣がない人と比べ、将来の死亡リスクが1.27倍に増加」すると報告されていること
  • 「長い昼寝、頻回の昼寝は、夜間の睡眠の質の低下と関連し、認知機能の低下リスクも増加させる」こと

を挙げ、「日中の長時間の昼寝は避け、活動的に過ごす」を推奨事項に据えています。

整理すると、こうなります。

高齢者の昼寝は「30分程度まで」。30分以上の昼寝を習慣にしない。頻回の昼寝は避ける。そして目覚ましで区切る。

最後の一点も、ガイドが具体的に書いていることです。「目覚ましをかける、同居者に起こしてもらうなどの工夫が有効です」。気持ちよく寝入ってしまって二時間、というのがいちばん夜に響きますので。

⚠ ちなみに「昼寝は午後3時まで」という時間帯の数字は、今回、厚労省の一次資料の中では確認できませんでした。ですのでここでは断定しません。ガイドの趣旨に沿って言えるのは、夕方以降のうたた寝は夜の眠りを妨げるので避ける、というところまでです。

明るい昼下がりの公園を、高齢の二人がゆっくり並んで歩いている引きの構図

Photo: Mak_ jp / Pexels


生活の工夫は「土台」です。ただし、それだけでは終わりません

ここまでが、いわゆる睡眠衛生の話です。ガイドが挙げているその他の生活要因も、まとめておきます。

  • 寝酒はやめる。 過度の飲酒や睡眠薬代わりの寝酒は、入眠困難・中途覚醒を引き起こします。日本睡眠学会のガイドラインは、睡眠改善目的で睡眠薬の代わりに寝酒を用いることを推奨グレードD(行わないよう勧められる)としています
  • カフェインは、日本睡眠学会のガイドラインが就寝の4時間前から、e-ヘルスネットが5〜6時間前から控えるとしています。ソース間で差がありますので、両方を目安として書いておきます
  • 入浴は就寝の約1〜2時間前(40℃の湯船に10〜15分/e-ヘルスネット)
  • 運動は高齢者では中強度以上の有酸素運動や筋力トレーニングが挙げられ、時間帯は就寝の2〜4時間前まで
  • 塩分の過剰摂取は夜間頻尿を生じ、中途覚醒を増やしうる
  • テレビ・ラジオをつけたまま、電気をつけたまま寝るといった寝室環境は改善する
  • ニコチンも不眠の要因。むずむず脚症候群はカフェイン・アルコール・ニコチンで悪化します

こうして並べると、いかにも「これで終わり」に見えます。実は、そこが落とし穴でした。

米国睡眠医学会(AASM)の2021年のガイドラインは、成人の慢性不眠障害に対して睡眠衛生を単独の治療として用いないことを推奨しています(条件付き推奨)。有効性が支持されたのは、多要素のCBT-I、刺激制御法、睡眠時間制限法、リラクセーションでした。

日本老年医学会のガイドラインも、「薬物療法を検討する場合でも、非薬物療法を併用することがより有効」としています。

そして睡眠ガイド2023自身が、最後にこう締めています。

「本ガイドを実践しても、不眠症状や睡眠休養感の低下、日中の眠気、またそれらによる日常生活の困難が改善しない場合、医師の指示を仰いでください」

睡眠衛生は土台であって、ゴールではありません。 一〜二週間続けても変わらないなら、次の段階に進む合図だと思っておくのが正確です。


慢性の不眠に、いま第一選択とされているもの

薬ではありません。CBT-I(不眠症の認知行動療法)です。

国際的なガイドラインは、かなり揃っています。

  • 米国内科学会(ACP)2016:慢性不眠症のすべての成人に、初期治療としてCBT-Iを行うことを推奨(強い推奨)。CBT-I単独で不十分な場合に、薬物療法の追加を共同意思決定で検討する
  • 米国睡眠医学会(AASM)2021:成人の慢性不眠障害に対し、多要素CBT-Iを推奨(strong)
  • 欧州不眠症ガイドライン:CBT-Iを第一選択

CBT-Iの中身は、実は目新しいものばかりではありません。日本睡眠学会の適正使用指針は、その構成要素を「睡眠衛生指導」「睡眠表(睡眠日誌)」「睡眠時間制限療法」「刺激制御療法」「認知療法」と定義しています。

お気づきかもしれませんが、この記事でここまで出てきた「1週間の記録」「床上時間の短縮」「眠れないときは寝床を離れる」は、いずれもCBT-Iの構成要素です。つまり睡眠ガイド2023の高齢者向けの助言は、CBT-Iの一部を一般向けにほどいたもの、という見方もできます。

⚠ ただし、日本には少しねじれがあります

ここは正直に書いておきます。

日本睡眠学会の『睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン』は、こう書いています。

「薬物療法と平行して、できるだけ早期から睡眠衛生指導や認知行動療法などの心理・行動的介入を行うことが推奨される」
「本ガイドラインでは薬物療法が十分に奏功しない場合のセカンドラインに位置づけたが、第一選択療法として、もしくは薬物療法との併用療法としても有効であることが示されている」

国際的には第一選択、日本のガイドラインでは制度上セカンドライン。 有効性を否定しているわけではなく、提供体制の事情です。実際、日本睡眠学会の適正使用指針(2024年)は、「対面式CBT-Iは保険診療の対象でないことから」という書き出しで、その位置づけを説明していました。2024年12月には、日本認知療法・認知行動療法学会と日本プライマリ・ケア連合学会が、対面CBT-Iの診療報酬収載を求める共同声明を出しています。

そして、変化がありました。

厚生労働省告示第六十九号(令和8年3月5日)で、「認知療法・認知行動療法」の対象疾患の列挙に「不眠症」が加わりました。

原文は「うつ病等の気分障害、強迫性障害、社交不安障害、パニック障害、心的外傷後ストレス障害、神経性過食症又は不眠症の患者に対して…」となっています。

ただし、期待しすぎないための注意も添えます。実施できるのは施設基準の届出をした保険医療機関に限られます。 全国どこでも受けられるようになった、という話ではありません。細かい算定要件については、確認できていない二次情報が流通していますので、この記事では書きません。

現実的な導線は、変わらずこうなります。まずかかりつけ医に相談し、必要に応じて睡眠外来や精神科・心療内科へ紹介してもらう。 日本睡眠学会は専門医・専門医療機関の情報を公開しています。

自然光の入る明るい部屋に向かい合わせに置かれた2脚の椅子と本棚。落ち着いて相談できる場所のイメージ

Photo: Max Vakhtbovych / Pexels


睡眠薬の話 ── 高齢者では、天秤の傾きが変わります

薬の話も避けずに書きますが、用量は書きません。 選択も量も医師の領域ですので、ここでは「何に気をつけるべきか」までにとどめます。

日本睡眠学会のガイドラインの勧告(推奨グレードA)を、そのまま引きます。

「高齢者の原発性不眠症に対しては非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が推奨される。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は転倒・骨折リスクを高めるため推奨されない。 メラトニン受容体作動薬については転倒・骨折リスクに関するデータが乏しく推奨に至らなかった。高齢者では睡眠薬による不眠症の改善効果のエフェクトサイズに比較して、相対的に副作用のリスクが高いため、不眠の重症度、基礎疾患の有無や身体的コンディションなどを総合的に勘案して睡眠薬の処方の是非を決定すべきである」

加齢に伴い、脂溶性薬剤の分布容量が増え、代謝能・排泄能が落ちて半減期が延び、体内に蓄積しやすくなる。ベンゾジアゼピン系に対する感受性も亢進する。 だからリスク・ベネフィット比が下がる、という説明です。

そして、非ベンゾジアゼピン系(いわゆるZ薬)なら安心、でもありません。日本老年医学会の『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』は、Z薬も「特に慎重な投与を要する薬物」に収載しています。 転倒・骨折のリスクが報告されていること、同ガイドラインが75歳以上のフレイル高齢者を主な対象としていることが理由として挙げられていました。(同ガイドラインは2025年に約10年ぶりの改訂版が刊行されています。ここでは版に紐づく断定を避け、確認できた記載の趣旨としてお伝えします。)

⚠ ただし、「飲まなければ安全」でもありません

片側だけ書くのは不誠実なので、もう一方も引いておきます。日本睡眠学会のガイドラインの一文です。

「副作用の中でも特に、睡眠薬によって転倒や骨折が増加するという報告があるので注意が必要です。ただし、不眠があると逆に夜間のトイレ歩行時などに転倒する危険が(高まる)」

眠れないこと自体も、転倒のリスクなのです。 ですから「怖いからやめる」も「楽だから続ける」も、どちらも自己判断で決める話ではありません。

そのうえで、はっきりしている注意点をいくつか。

  • アルコールと睡眠薬の併用は原則禁忌
  • ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系ともに、服用後に一過性前向性健忘、もうろう状態、睡眠随伴症状(夢中遊行様の異常行動)があらわれることがあり、多剤併用・高齢者・飲酒者では特に慎重に
  • 睡眠薬の中止は、長期使用による依存もあって実際には容易ではありません。 減量や切り替えなど工夫が必要で、自己判断の急な中断は反跳性不眠を招きます
  • ふらつく、翌日眠気が残る、物忘れがある——こうしたときは、やめるのではなく主治医に相談してください

市販の「睡眠改善薬」は、この記事の読者向けではありません

ここは、いちばん誤解が生まれやすいところです。

市販の睡眠改善薬(ジフェンヒドラミン)の添付文書には、こう書かれています。

  • 効能・効果は「一時的な不眠の次の症状の緩和:寝つきが悪い、眠りが浅い」
  • してはいけないこと:「日常的に不眠の人」「不眠症の診断を受けた人」は服用しない
  • 相談すること:「高齢者では眠気が強くあらわれたり、また反対に神経が高ぶるなどの症状があらわれることがあります」

「夜中に何度も目が覚める状態が続いている」は、一時的な不眠ではありません。 つまり、この記事を読むきっかけになった悩みは、市販の睡眠改善薬が想定している対象の外にあります。

さらに抗コリン作用が強く、高齢者では口渇・便秘・尿閉・眼圧上昇・せん妄などのリスクがあり、Beers基準では高齢者に避けるべき薬に収載されています。鎮静作用への耐性も急速に生じるとされます。緑内障や前立腺肥大のある方はとくに注意が必要で、購入前に薬剤師にご相談ください。

メラトニンのサプリについて

最後に、冒頭のメラトニンの話に戻ります。

日本では、メラトニンは「専ら医薬品」の成分であり、食品(サプリメント)としての国内販売は認められていません。 国立健康・栄養研究所の「健康食品」の安全性・有効性情報が、東京都の注意喚起(2021年3月)とともに明記しています。海外ではサプリとして流通していますが、個人輸入では品質も含有量も保証されず、傾眠・頭痛・肝機能検査値の上昇などの副作用も記載されています。ここでは推奨もしませんし、入手方法も書きません。

国内の医療用の薬とも、混同しないでください。

区分 日本での位置づけ
メラトニンのサプリ(食品) 国内販売不可。医薬品成分として区分されています
ラメルテオン(メラトニン受容体作動薬) 医療用医薬品。成人の不眠症が適応。日本睡眠学会のガイドラインは安全性の高さからハイリスク患者でも用いやすい【推奨グレードB】とする一方、高齢者の転倒・骨折リスクのデータが乏しいとも記載しています
メラトニン製剤(メラトベル) 適応は「小児期の神経発達症に伴う入眠困難」に限定。高齢者の不眠には適応がありません

名前が似ているだけで、別のものです。


こういうときは、生活の工夫より先に受診を

最後に、受診の目安をまとめます。

サイン 疑うもの・理由
いびき、睡眠中の呼吸停止を家族に目撃された、朝の頭痛 閉塞性睡眠時無呼吸。高血圧・脳卒中・心筋梗塞・心不全・糖尿病の誘因にもなります
⚠ 日中の強い眠気・居眠り(特に運転中) 中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸では、5年間で複数回の事故を経験するリスクが約2.4倍との報告があります。運転を控えて受診してください
脚のむずむず、じっとしていられない、寝入りばなの下肢の不随意運動 むずむず脚症候群/周期性四肢運動障害。症状が続く場合は医師に相談を
夜間に何度もトイレで起きる 夜間頻尿。原因が多尿・膀胱・睡眠のどれかで治療が異なります
急激な睡眠パターンの変化、極端な早寝早起き 睡眠・覚醒相前進障害、身体疾患・薬剤性、うつの初期症状
気分の落ち込み・意欲低下・食欲低下・興味の喪失を伴う不眠 うつ病の初期症状または併存。不眠だけを扱っても改善しにくい
昼夜逆転、夕方からの不穏・徘徊 認知症に関連する睡眠・覚醒リズムの障害
睡眠衛生の工夫を1〜2週間続けても改善しない/日中の生活に支障 慢性不眠症として受診の対象です
睡眠薬を飲んでいて、ふらつく・翌日眠気が残る・物忘れがある 副作用の可能性。自己判断で中断せず主治医へ

相談先は、まずかかりつけ医(内科)。気分の落ち込みを伴えば精神科・心療内科、いびきや無呼吸が疑わしければ耳鼻咽喉科・呼吸器内科・睡眠外来です。

受診の前にやっておくと診察が変わることも、二つあります。

  1. 1週間分の睡眠の記録(何時に寝床に入り、何時に起きたか=床上時間と、実際に眠れた感覚=睡眠時間を分けて)
  2. お薬手帳を持参する(不眠の原因が薬にある可能性を、医師が判断できるように)

受診の目安チェックリスト。いびき・無呼吸の目撃、日中の強い眠気、脚のむずむず、夜間頻尿などと、受診前に用意する1週間の睡眠記録・お薬手帳

[内部リンク: 関連記事 – 高齢者の転倒予防と住まいの環境整備]


調べ終えて、母に電話をかけ直しました。

「朝三十分の話、あれは違ったみたい」と切り出すのは、少し気恥ずかしかったのですが。

母の話を聞いていると、夕食のあとにテレビの前でうとうとしている時間が、たぶんいちばん長い。夜は九時前に寝床に入って、三時に目が覚める。それはもう「眠れない」というより、「眠る時間帯が前にずれている」に近いのかもしれません。 だとすれば、朝いちばんに光を浴びるのは、たしかに逆方向の手当てです。

正直に言えば、私にはまだ何が正解なのか分かりません。そこを決めるのは記事ではなく、母を診てくれる医師の役割ですので。

けれど、一行で片づけないことはできます。「年のせい」でも「メラトニンのせい」でもなく、まず一週間、寝床にいた時間と眠れた時間を分けて書き出してみる。 そこから話が始まるなら、電話一本の価値はあったと思うのです。

眠りは、我慢して手に入れるものではありませんから。

参考資料:厚生労働省『健康づくりのための睡眠ガイド2023』(令和6年2月/令和6年9月一部修正)、厚生労働省 e-ヘルスネット「不眠症」「快眠と生活習慣」(三島和夫)、日本睡眠学会『睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン』、日本睡眠学会『サスメド Med CBT-i 不眠障害用アプリ 適正使用指針』(2024年)、日本老年医学会『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』、日本老年医学会雑誌 総説「高齢者の不眠」(49巻3号, 2012)、厚生労働省告示第六十九号(令和8年3月5日)、日本排尿機能学会・日本泌尿器科学会『夜間頻尿診療ガイドライン[第2版]』、国立健康・栄養研究所「健康食品」の安全性・有効性情報、国立精神・神経医療研究センター、ACP(Ann Intern Med, 2016)、AASM(J Clin Sleep Med, 2021)、Mishima K et al.(J Clin Endocrinol Metab, 2001)、ドリエル添付文書(JAPIC)。2026年8月時点の整理です。

※本記事は一般的な健康情報の提供を目的としたものであり、診断・治療に代わるものではありません。薬剤の用量・種類の選択は医師および薬剤師の判断によります。服用中の薬を自己判断で中止・変更しないでください。 また、他人に処方された薬を使用しないでください。「眠れないときは寝床を離れる」方法は有効ですが、高齢の方・睡眠薬を服用中の方は起き上がる際の転倒にご注意ください(足元灯、手すり、あわてて動かない)。いびきや無呼吸の目撃、日中の強い眠気(特に運転中)、急激な睡眠の変化、気分の落ち込みを伴う不眠がある場合は、生活の工夫より先に医療機関にご相談ください。

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