脳卒中の前兆とFAST|ろれつが回らない時の初動と治療の時間
正直に申し上げますと、私はこのテーマを調べ始めるまで、「脳卒中は発症から3時間が勝負」だと信じていました。
どこかで読んだのか、誰かに聞いたのか、出どころも思い出せません。ただ頭の中に「3時間」という数字だけが残っていたのです。
その数字は、いま日本で使われている基準とは違っていました。
日本脳卒中学会の適正治療指針にあたって、ようやくわかったことがあります。血管に詰まった血栓を溶かす静注血栓溶解(rt-PA)療法は、発症から4.5時間以内。カテーテルで血栓を回収する治療にいたっては、条件を満たせば最終健常確認時刻から24時間まで検討されます。「3時間」は10年以上前に更新された、古い数字だったのです。
きっかけは、実家での夕食でした。母が話しはじめて、途中で言葉がもつれました。「入れ歯が合わなくてね」と本人は笑いましたが、私は数秒のあいだ、何をすべきか思い出せませんでした。
この記事では、脳卒中とは何が起きている病気なのかから始めて、前兆を見分けるFASTとその限界、今すぐやること・やってはいけないこと、治療できる時間枠、そして症状が消えても救急であるTIA、最後に危険因子と予防までを、一次資料に沿って順番に整理していきます。
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先にお伝えしておきます。これは診断ではなく情報の整理です。顔・腕・言葉のどれかに突然の異常があれば、この記事を読み終えるより先に119番へ。判断に迷うときは#7119などの救急相談窓口があります。
脳卒中とは ── 死なずに済んでも、介護が必要になる病気
脳卒中は一つの病名ではありません。国立循環器病研究センター(NCVC)の解説によれば、脳梗塞・脳出血・くも膜下出血の三つの総称です。
内訳には、はっきりした偏りがあります。
- 脳梗塞が脳卒中の過半を占めます
- 脳梗塞の中身は「ラクナ梗塞」「アテローム血栓性脳梗塞」「心原性脳塞栓症」がそれぞれ約4分の1ずつ
- 脳出血は全脳卒中の約2割
病型によって治療も違います。動脈硬化が原因のラクナ梗塞・アテローム血栓性には抗血小板薬、心房細動など心臓病が原因の心原性脳塞栓症には抗凝固薬が使われます。同じ「詰まる」でも、詰まらせた犯人が違うわけです。
そして、家族向けの記事としていちばん書いておきたいのは、次の対比です。
日本の統計では、脳血管疾患は死因の第4位。2024年(概数)で102,808人、全死亡の6.4%です。1位の悪性新生物(384,099人)と比べれば、順位としては目立ちません。
ところが介護のほうを見ると、景色が変わります。
厚生労働省の2025年 国民生活基礎調査(2026年7月15日公表)によれば、介護が必要になった主な原因の総数では、1位が認知症16.7%、2位が高齢による衰弱15.6%、3位が骨折・転倒14.6%で、脳血管疾患は上位3位に入っていません。
けれど、最も重い要介護5に限ると──脳血管疾患が27.6%で第1位です(2位は認知症23.8%)。要介護4では15.2%で2位、要介護3では18.8%で2位。
つまり脳卒中は、「死なずに済んでも、最も重い介護につながりやすい病気」なのです。私が家族の話として書いているのは、この一点があるからでした。
規模も小さくありません。脳血管疾患で治療を受けている総患者数は188万4,000人(2023年患者調査。男101万5,000人・女86万9,000人)。年間の新規発症は2011年のデータをもとにした推計で約22万人、再発を含めると約29万人とされています(滋賀県脳卒中発症登録事業、Circulation Journal 2017年公表)。
※統計は年次がそろっていません。死亡数は2024年(概数)、患者数は2023年、発症数の推計は2011年のデータです。年次を外して並べると誤解を生むので、そのまま添えておきます。
前兆はどう見分けるのか ── FASTの4項目
脳卒中の前兆を覚える合言葉が、FASTです。American Stroke Association(ASA)が定義し、日本でも広く使われています。
家族がその場で確認できる手順として整理すると、こうなります。
| 文字 | 意味 | その場での確かめ方 |
|---|---|---|
| F(Face) | 顔のゆがみ | 「笑ってみて」と頼み、笑顔が左右非対称になっていないかを見る。「いー」と言って歯を見せてもらうと分かりやすい |
| A(Arm) | 片腕の脱力 | 両腕を前に上げてもらう。片方だけ下がってこないか |
| S(Speech) | 言葉の障害 | 短い文を繰り返してもらう。不明瞭、言葉が出ない、こちらの言うことが理解できない |
| T(Time) | 時刻を確認してすぐ通報 | 症状が始まった時刻を確認し、日本では119番 |
ここで大事なのは「T」の中身が二つあることです。時刻の確認と、通報。どちらも家族にしかできない仕事です。
ASAは、こうも書いています。「症状かどうか確信が持てなくても通報してください(If you think you’re seeing a symptom, but aren’t sure, call 911.)」
確信は要らない、ということです。私はこの一文に救われた気がしました。
日本脳卒中協会も同じ方向を向いていて、主な症状として次のように挙げています。
- 片方の手足・顔半分の麻痺・しびれが起こる
- ロレツが回らない、言葉が出ない、他人の言うことが理解できない
- 力はあるのに、立てない、歩けない、フラフラする
- 片方の目が見えない、物が二つに見える、視野の半分が欠ける
- 経験したことのない激しい頭痛がする
そして「脳卒中が疑われる時は、救急車を呼びましょう」「素早い対応が命を守り、後遺症を減らします」と明記しています。
日本赤十字社の救急法講習でも、顔(口角など顔の片側が下がりゆがむ)・手(片手に力が入らない)・言葉(言葉が出てこない、ろれつが回らない)で疑い、直ちに119番通報し、症状に気づいた時刻を伝えるよう指導されています。酔っているように見えても脳卒中を見落とさないように、という注意喚起もあります。

⚠ FASTには限界があります ── 見落とされる脳卒中
FASTは優れた合言葉です。ただし、万能ではありません。 ここを書かない記事が多いので、はっきり残しておきます。
Aroorらが2017年に Stroke 誌へ報告した後ろ向き解析では、こうなりました。
- FASTの3項目では、脳卒中の14.1%がどれにも該当しなかった
- バランス(Balance)と視覚(Eyes)を加えたBE-FASTでは、該当なしが4.4%まで減った
- 該当しなかった例のうち、42%に歩行バランスの低下、40%に視覚症状があった
なぜ抜け落ちるのか。理由は、脳の場所にあります。
後方循環(脳幹・小脳)の脳卒中は、顔・腕・言葉の3項目に出にくいのです。主症状が、めまい、ふらつき、物が二重に見える、飲み込みにくい、といったものになることがあります。
「顔も腕も大丈夫だったから様子を見た」──これが、いちばん起きやすい取りこぼしだと思うのです。
ただし、BE-FASTに置き換えれば解決、という単純な話でもありません。2024年に報告されたランダム化パイロット試験(JAHA掲載)などでは、一般市民の記憶保持という点ではFASTのほうが思い出しやすいという結果も出ています。日本脳卒中協会や多くの自治体がFASTを軸に据えつつ、後方循環の症状を別途列挙しているのは、そのためでしょう。
ですから、この記事の立場はこうです。
FASTを覚える。加えて、突然のふらつき・見え方の異常・経験したことのない激しい頭痛も脳卒中を疑う。
キーワードは「突然」です。じわじわ悪くなったものより、「何時何分から」と時刻を特定できるほど急に始まった症状が脳卒中らしい。日本脳卒中協会も「大部分が症状の始まりを『何時何分から』というように特定できます」と書いています。
なお、経験したことのない激しい頭痛はくも膜下出血を強く示唆します。東京科学大学血管内治療科の解説は、この場合に自分で運転して病院へ行かないことを明記しています。
今すぐやること ── 家族にしかできない4つ
症状に気づいてから救急隊が着くまでの数分間に、家族ができることがあります。順番も含めて整理します。
1. 時計を見る
「何時何分に、何をしていて、どの症状が始まったか」を確認してメモします。これが治療の適応を決める起点になるからです。
⭐ そして、寝て起きたら症状に気づいた場合。この時に伝えるのは、症状に気づいた時刻ではありません。最後に normal だった時刻=最終健常確認時刻です。前夜に就寝した時刻、最後に会話した時刻を思い出しておきます。rt-PA適正治療指針も「発症時刻が不明な時は、最終健常確認時刻をもって発症時刻とする」としています。
2. 119番通報する
日本脳卒中協会「脳卒中が疑われる時は、救急車を呼びましょう」。東京科学大学「ためらわず直ちに119番で救急車を呼びましょう」。
判断に迷うときは#7119(救急相談センター、東京都など多くの地域にあります)で医師・看護師が緊急性を判断してくれます。ただしFASTが1つでも明確なら、迷わず119番です。
3. 通報時に、治療の判断材料を渡す
救急隊と医師が知りたいことは、だいたい決まっています。
- 顔・腕・言葉のどれが、いつから出ているか
- 意識の有無
- 既往(心房細動・高血圧・糖尿病など)
- ⭐ 服用中の薬(特に抗凝固薬・抗血小板薬。近年はアルツハイマー病の抗アミロイドβ抗体薬も論点になります)
- かかりつけ医
服薬情報は「参考」ではありません。治療できるかどうかの判断に直結します。 rt-PA指針は抗凝固療法中の患者について適応を慎重に検討するとしていますし、抗アミロイドβ抗体薬を投与中の患者の扱いについては2023年9月の追補で論点になったと告知されています(※追補の原文は今回確認できていません。後述します)。
おくすり手帳を、玄関に出しておく。 数秒でできて、効果が大きい準備だと思います。
4. 安静・体位と、到着後の時間短縮
- 心身の安静を保ち、衣服をゆるめて呼吸を楽にする
- 嘔吐があるときは回復体位(誤嚥を防ぐため)、毛布などで保温(日本赤十字社)
- 玄関の解錠、エレベーターの確保、付き添い者の準備
最後の一つは地味ですが、救急隊が到着してから搬送を始めるまでの時間を確実に削ります。

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やってはいけないこと ── 「様子を見る」がいちばん危ない
ここは慎重に書きます。
以下は、日本の公的機関が「これをするな」と一つの文書に列挙しているものではありません。医療機関の解説や、指針の趣旨から導かれる一般的な注意として整理しています。断定ではなく、理由とセットで読んでいただければと思います。
| やりがちなこと | なぜ勧められないか |
|---|---|
| 少し寝かせて様子を見る | 「動かさずに安静にして様子をみる」という昔からの言い伝えは、現在の考え方と合いません。1分の遅れで約190万個の神経細胞が失われるとされています |
| 家族の車やタクシーで運ぶ | 救急隊はrt-PAや血栓回収ができる施設を選んで搬送し、病院に事前連絡して院内の準備を進められます。自力搬送は、受け入れ先で治療できず転院搬送になったときに時間を失います |
| 自己判断で薬(アスピリンなど)を飲ませる | ①脳出血・くも膜下出血と区別できない(画像診断が必要です) ②意識障害・嚥下障害があると誤嚥します ③抗血栓薬の服用状況は血栓溶解療法の適応判定に影響します |
| 水や食べ物を与える | 嚥下障害・意識障害があると誤嚥のリスクがあります |
| 自己判断で血圧の薬を追加する | 急性期の血圧管理は病院で行う領域です |
| かかりつけの診療所に先に電話して受診する | CT/MRI・血栓溶解・血管内治療ができない施設では時間を失います。搬送先の選定は救急隊の役割です |
| 本人に「大丈夫?」と聞いて本人に任せる | 言語障害や病識の低下で、本人が正しく判断できないことがあります |
原則としては、診断がつくまで薬も水も与えず、救急隊・医師の指示に従う。これがいちばん安全な言い方だと思います。
「アスピリンを飲ませてはいけない」と単独で明記した日本の公的一次資料は、今回の調査では確認できませんでした。それでも上の①②③という理由は、それぞれ別の資料で確認できます。理由が立っているなら、指示の形を借りなくても十分だと考えました。

治療できる時間枠 ── 「3時間」はもう使いません
冒頭に書いた思い込みの話に戻ります。ここがこの記事の核心です。
静注血栓溶解(rt-PA)療法は、発症から4.5時間以内
日本脳卒中学会「静注血栓溶解(rt-PA)療法 適正治療指針 第三版」(2019年3月)の推奨は、こうです。
静注血栓溶解療法は、発症から4.5時間以内に治療可能な虚血性脳血管障害患者に対して行う(推奨グレードA/エビデンスレベル高)
4.5時間は、2012年に3時間から拡大された経緯があります。つまり「3時間」は10年以上前の旧基準です。今も一般向けの記事やクリニックのページに残っていますが、指針に従うなら4.5時間です。
そして、ここからが本題です。
4.5時間あるから急がなくてよい、では決してありません。
同じ指針の次の推奨に、こう書かれています。
発症後4.5時間以内であっても、治療開始が早いほど良好な転帰が期待できる。このため、患者が来院した後、少しでも早く(遅くとも1時間以内に)静注血栓溶解療法を始めることが勧められる
病院の側でも「来院後1時間以内」を目指している。時間枠は上限であって、目標ではないわけです。
根拠になっている数字が、あの190万です。Saverが2006年に Stroke 誌へ報告した推計では、治療されない典型的な大血管の脳梗塞で1分あたり約190万個の神経細胞が失われます。1時間なら、約1億2000万個。
なお、日本で今使える標準薬はアルテプラーゼです。投与量や投与方法は医師が決める領域なので、この記事には書きません。
機械的血栓回収療法は、条件つきで最大24時間
太い血管が詰まった場合には、カテーテルで血栓を直接回収する治療があります。三学会(日本脳卒中学会・日本脳神経外科学会・日本脳神経血管内治療学会)による「経皮経管的脳血栓回収用機器 適正使用指針 第5版」(2023年8月)を整理すると、こうなります。
| 状況 | 時間枠 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 内頸動脈またはM1部の急性閉塞で、年齢・重症度・画像などの条件をすべて満たす | 発症6時間以内に可及的速やかに開始 | A(高) |
| 最終健常確認から6時間を超える例で、重症度と虚血コアの画像条件を満たす | 16時間以内に開始 | A(中) |
| 同上で、さらに時間が経過した例 | 16〜24時間以内の開始は妥当 | B(中) |
| 広範囲虚血(大梗塞、ASPECTS 3〜5点) | 発症または最終健常確認から24時間以内なら実施は妥当 | B(高) |
| 脳底動脈閉塞(後方循環) | 発症または最終健常確認から24時間以内の開始は妥当 | B(中) |
⚠ ここは読み方に注意が必要です。「24時間以内なら誰でも受けられる」ではありません。 詰まった血管の場所、梗塞の大きさ、症状の重さといった条件を満たした人に限られますし、時間が延びるほど推奨度は下がります。
そして同じ指針は、こうも書いています。「治療開始および再開通までの時間が早いほど良好な転帰が期待できる」。rt-PAを行った場合も、効果を確認するためなどの理由で血栓回収の開始を遅らせてはならない、と。
結局、どの資料も同じことを言っています。早いほど、脳が残る。
⭐ 発症時刻が分からなくても、諦めないでください
ここは、家族に最も伝えたい部分かもしれません。
朝起きたら症状が出ていた。夜中のいつからかは分からない。──この場合、指針上は「最終健常確認時刻」が発症時刻として扱われます。前夜に就寝したのが23時なら、そこが起点です。
「もう何時間も経っている。手遅れかもしれない」と思ってしまう場面です。
けれど、道は残っています。
指針第三版の推奨には、頭部MRIの拡散強調画像(DWI)で虚血性変化があるのに、FLAIR画像では明瞭でない場合、発症4.5時間以内の可能性が高く、静注血栓溶解療法を考慮してもよいという項目があります(推奨グレードC1)。NCVCも2019年のプレスリリースで、この改訂を紹介しています。ただし推奨グレードは高くなく、慎重な判断が必要とも添えられています。
血栓回収のほうも、前述のとおり最終健常確認時刻から6〜24時間の枠が条件つきで設けられています。

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つまり、こういうことです。
時間が経ったかどうかを判断するのは、家族ではありません。医師です。 家族の仕事は、正確な時刻(または最終健常確認時刻)を伝えて、判断を医療に渡すこと。「もう遅いから」と119番をやめる理由には、絶対になりません。

テネクテプラーゼについて(新しい薬の現在地)
新しい血栓溶解薬の話題を目にすることがあるかもしれないので、現在地を正確に書いておきます。
2026年8月時点で、テネクテプラーゼは日本では未承認です(急性期脳梗塞の適応として)。指針第三版も、アルテプラーゼ以外のrt-PA製剤について「わが国において十分な科学的根拠がないので勧められない」としています。
国内ではT-FLAVOR試験(医師主導、国立循環器病研究センター中心、国内18施設)が行われました。発症4.5時間以内の主幹動脈閉塞による急性脳梗塞218例を対象に、テネクテプラーゼ群107例とアルテプラーゼ群111例を比較したものです。
- 主要評価項目(血管内治療開始時点の早期再開通)は、テネクテプラーゼ10.3% vs アルテプラーゼ3.6%でテネクテプラーゼが優越
- 90日後の機能的自立は56.1% vs 48.6%、早期神経症状改善は67.3% vs 55.9%
- 症候性頭蓋内出血は2.8% vs 1.8%、死亡は6.5% vs 9.9%
- JAMA Neurology 2026年6月1日オンライン掲載、NCVCプレスリリースは2026年6月2日
この結果をもとに、国内承認へ向けた検討が進んでいる段階です。
有望であることと、今使えることは別です。現時点で日本の標準薬はアルテプラーゼ。ここを混同した記事を読んで「新しい薬があるはずだ」と搬送先で交渉する、というようなことにはならないでほしいと思うのです。
TIA ── 症状が消えても、それは救急です
FASTの症状が出て、数分で消えた。話せるようになったし、腕も上がる。
このパターンが、いちばん危険です。
TIA(一過性脳虚血発作)は、脳梗塞と同じ症状が一時的に出て、24時間以内(多くは1時間以内)に消えるものです。
国立循環器病研究センター脳血管内科が示している数字が、そのまま答えになっています。
- TIA発症後90日以内に15〜20%が完成型の脳梗塞を起こす
- ⭐ そのうち半数は2日以内
同センターは、TIAを24時間体制で受け入れる体制をとっています。「治まったから明日かかりつけへ」で失われるのは、この2日間なのです。
日本のガイドラインでも、TIAと診断すれば可及的速やかに発症機序を評価し、脳梗塞発症予防の治療を直ちに開始することがグレードAで推奨されているとされています。リスク層別化にはABCD²スコアの使用が勧められています(グレードB)。
ただしこのスコアの扱いには、国際的な不一致があります。米国は3点以上で入院適応としますが、2019年の英国NICEガイドラインは入院基準としてABCD²を推奨していません。(※ガイドライン原文の該当ページは今回確認できていません。)
ですから、家族向けのメッセージはスコアの話にしません。
症状が消えても、その日のうちに専門医療機関で評価を受ける。 これで十分だと思います。
なお、TIAの急性期には病院で抗血小板薬が使われることがありますが、これは医師が診断のうえで判断して行う治療であって、家庭で誰かに飲ませてよいという意味ではありません。念のため、はっきり書いておきます。
搬送される先は、選ばれています
「救急車を呼んでも、結局どこに運ばれるか分からない」と感じる方がいるかもしれません。ここも少しだけ。
rt-PAを実施する施設には、指針上の要件があります。頭部CTまたはMRI、血液・凝固検査、心電図が施行可能であること。急性期脳卒中の担当医が搬入後すみやかに診療を開始できること。脳神経外科的な処置が必要になった場合に迅速に対応できる体制があること。 血栓回収を行う施設には、これに加えて血管撮影装置を常時使用できることが求められます。
日本脳卒中学会が認定する一次脳卒中センター(PSC)は、24時間365日、脳卒中患者を受け入れてrt-PA静注療法が可能な体制を持つ施設です。さらに専門医の常勤数や血栓回収の実績などの要件を満たすPSCコア施設もあります。(※認定施設数は年によって変動し、最新値は今回確認できていません。学会公式サイトの一覧でご確認ください。)
背景には、2018年12月公布・2019年12月施行の「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」があります。血栓回収の指針第5版には、大血管閉塞を疑う指標が総務省消防庁に採択され、疑い例を血栓回収可能な施設へ直接搬入する流れが増えると予想されるとも書かれています。
119番は、ただ運んでもらう手段ではありません。治療できる病院を選んでもらう手段です。 自家用車で運ぶことをおすすめしない、いちばん大きな理由がここにあります。
危険因子と予防 ── 脳卒中予防十か条2025
最後は、起こる前の話です。
日本脳卒中協会が日本脳卒中学会・厚生労働省と共同で作成し、2025年6月に改訂した「脳卒中予防十か条2025」を、そのまま挙げます。
| 条 | 標語 |
|---|---|
| 第1条 | 手始めに 高血圧から 治しましょう |
| 第2条 | 糖尿病 放っておいたら 悔い残る |
| 第3条 | 不整脈 見つかり次第 すぐ受診 |
| 第4条 | 予防には たばこを止める 意志を持て |
| 第5条 | 飲むならば なるべく少なく アルコール |
| 第6条 | 高すぎる コレステロールも 見逃すな |
| 第7条 | お食事の 塩分・脂肪 控えめに |
| 第8条 | 体力に 合った運動 続けよう |
| 第9条 | 万病の 引き金になる 太りすぎ |
| 第10条 | 脳卒中 起きたらすぐに 病院へ |
⭐ 2025年版で変わった項目があります。第5条です。
以前は「アルコール 控え目は薬 すぎれば毒」でした。それが「飲むならば なるべく少なく アルコール」に変わりました。理由は、お酒が脳梗塞を予防する効果は確認されなかったという科学的知見です。
「少量の飲酒は体にいい」という言い方は、もう使えません。私も長く信じていた側なので、これは書いておきます。
主な危険因子として、NCVCは高血圧、糖尿病、脂質異常症、心房細動、喫煙、過度の飲酒を挙げています。高血圧は最大の危険因子です。
第3条の心房細動についても、少し補足します。心房細動でできる血栓は大きく、心原性脳塞栓症は重症になりやすいとされています。治療は抗凝固薬です。
ただし「薬を足せば安心」ではありません。NCVCが75歳以上の心房細動患者約3万人の全国レジストリを解析した研究では、抗凝固薬に抗血小板薬を追加しても脳梗塞・全身性塞栓症の予防効果は向上せず、心血管死亡リスクが増加する可能性が示されています。
服薬の開始・中止・変更は、必ず主治医と相談してください。 自己判断で飲ませない、自己判断でやめない。ここは脳卒中の分野では特に重いところです。
家庭でできる現実的なことを挙げるなら、脈の乱れに気づいたら受診すること。健診や、家庭用血圧計の脈不整表示も手がかりになります。

Photo: Max Vakhtbovych / Pexels
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この記事で書けなかったこと
正直に添えておきます。
一つ目。rt-PA適正治療指針 第三版の2023年9月追補は、原文を確認できませんでした。 抗アミロイドβ抗体薬を投与中の患者の扱いが主な内容だと告知されていますが、本文では踏み込んでいません。
二つ目。『脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2025〕』の原本も確認できていません。 血栓回収時の血圧管理などが新規推奨に加わったと専門メディアで報じられていますが、断定はしていません。
三つ目。一次脳卒中センターの最新の認定施設数、そして起床時に気づく脳梗塞が全体に占める割合については、数字を挙げるだけの一次資料に届きませんでした。数字は書かず、仕組みと状況だけを書いています。
書けることと書けないことを分けておくのが、この分野での誠実さだと思っています。
調べ終えて、頭に残ったのは4.5時間でも24時間でもありませんでした。
時間枠を判断するのは、家族ではないということです。
4.5時間を過ぎていても、時刻が分からなくても、画像次第で治療できる道があります。逆に時間内でも、年齢や既往や画像所見によって受けられないことがあります。その線引きは、全部、現場の医師の領域なのです。
だとすれば、家族に残された仕事は驚くほど少ない。時計を見て、119番を押して、おくすり手帳を持つ。 それだけです。
あの日の食卓で、私が数秒固まってしまったのは、知識がなかったからというより、「これは呼ぶほどのことなのか」と自分に確認してしまったからでした。
ASAの一文を、もう一度置いておきます。「症状かどうか確信が持てなくても、通報してください」。
確信は、あとから来るものですから。
参考資料:日本脳卒中学会「静注血栓溶解(rt-PA)療法 適正治療指針 第三版」(2019年3月)、日本脳卒中学会・日本脳神経外科学会・日本脳神経血管内治療学会「経皮経管的脳血栓回収用機器 適正使用指針 第5版」(2023年8月)、国立循環器病研究センター(脳卒中/TIA/2019年・2026年プレスリリース)、日本脳卒中協会「脳卒中の主な症状」「脳卒中予防十か条2025」、日本赤十字社(救急法講習)、東京都保健医療局「とうきょう脳卒中・心臓病ガイド」、東京科学大学血管内治療科、厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)」「2025年 国民生活基礎調査」「令和5年患者調査」、American Stroke Association(F.A.S.T.)、Aroor S, et al. Stroke. 2017(BE-FAST)、Saver JL. Time is brain—quantified. Stroke. 2006、T-FLAVOR試験(JAMA Neurology 2026年6月1日オンライン掲載)。2026年8月時点の整理です。
※本記事は一般的な医療情報であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。顔のゆがみ・片腕の脱力・言葉の障害・突然のふらつきや歩けない・突然の視野障害や物が二重に見える・経験したことのない激しい頭痛・意識の異常のいずれか一つでもあれば、ただちに119番してください。判断に迷う場合は#7119などの救急相談窓口へ。治療の適応は年齢・既往・服薬・画像所見によって一人ひとり異なります。服薬の開始・中止・変更は必ず主治医にご相談ください。
